はじめに

社内で AI 推進を任されたとき、最初に何から始めればよいのかは意外と見えにくいものだと思います。

研修を企画するべきなのか、まずツールを配るべきなのか、それとも活用事例を集めるべきなのか。自分も最初はそのあたりを考えながら進めていました。

ただ、実際に約70人規模の組織で進めてみると、重要だったのは研修そのものよりも、その前後をどう設計するかでした。言い換えると、AI を教えること よりも、AI が使われる条件をどう整えるか のほうが大きかった、という感覚です。

特に効いていたと感じているのは、いきなり研修から入るのではなく、まず「なぜ AI を使うのか」を組織内で共有し、その後に試せる環境を配ったことでした。

結果として、研修前に API キーを配布しただけの段階でも、約3割が自走し始めました。一方で、研修によって 90%以上が一度は Codex CLI を触ったものの、研修後も継続して使っていた人は 49% で、使い続けてもらうことは別の課題だとわかりました。

本記事では、自分が実際にどう進めたかを振り返りながら、AI 推進を任された人が最初に何を考えると整理しやすいかを書きます。組織ごとに状況は違うので、そのまま当てはまるテンプレにはならないはずですが、AI が使われる条件 を考える材料として読んでもらえればと思います。

この記事でわかること

  • AI 推進を任されたとき、最初にどこから考えると整理しやすいか
  • 約70人規模の組織で、自分がどのような流れで進めたか
  • 振り返って特に重要だったことと、研修だけでは足りなかったこと

1. AI推進を任されたとき、最初に迷いやすいこと

AI 推進が難しいのは、研修、ツール配布、事例共有のような施策がそれぞれ重要に見える一方で、どれを最初の一手にするべきかが見えにくいからだと思います。

実際、AI 推進を任された立場だと、まず研修をやろうと考えやすいです。施策としても分かりやすく、組織として動いている感じも出ます。ただ、今振り返ると、研修だけを先に置いても、その後に自発的な利用や継続利用が起きるとは限りません。

自分の中では、AI 推進は単発施策ではなく、少なくとも次の流れで考えたほうが整理しやすいと感じています。

  • まず、なぜ使うのかを共有する
  • 次に、すぐ試せる状態を作る
  • その時点で、後から利用状況を見られる形にしておく
  • その上で、初回体験としての研修を設計する
  • 最後に、継続して使われているかを見る

実際に振り返ると、全体の流れは次の図のようなイメージでした。

今回のAI推進を振り返ると、こういう流れだった
今回のAI推進を振り返ると、こういう流れだった

つまり、AI 推進は「研修をやるかどうか」よりも、どう立ち上げて、どう観測し、どう続けるかを流れで考えることが重要だった、というのが現時点の実感です。

2. 実際にどう進めたか

2-1. まず1か月、使う意味を共有し続けた

最初にやったのは、研修ではなく、AI を使う意味の共有でした。2026年1月から2月頭までの約1か月、自分の AI 活用事例を毎週組織内で発表し、それに加えて継続的な情報発信も続けていました。

ここで意識していたのは、単なる便利機能の紹介にしないことでした。活用事例に加えて、最近の流れや、ハーネス、コンテキストのような考え方も含めて共有していました。コーディングだけの話ではなく、日常業務でも AI を使う場面が増えていくのではないか、という問題意識も合わせて伝えていました。

今思うと、この期間にやっていたのは「AI の説明」よりも、「なぜ今使う必要があるのか」を組織内で揃えることだったのだと思います。いきなり使ってくださいと言う前に、使う理由と必要性の感覚を先に作っていた、と言い換えてもよさそうです。

2-2. その後に、観測できる形で利用環境を配布した

その次にやったのが、利用環境の配布です。研修前の段階で、組織メンバーに API キーを個人単位で配布しました。

個人単位にした理由は、後から利用状況を観測したかったからです。もし全員が同じ API キーを使う形だと、誰がどれくらい使っているのかが分かりません。そうなると、個人単位の利用状況はもちろん、チーム単位・組織単位でどこまで浸透しているのか、継続率がどうなっているのかも見えにくくなります。

AI 推進は、始めること自体よりも、始めた後に改善できることが重要です。そのためには、最初から後で見られる形で始めておく必要があると考えました。

結果として、この段階では API キーを配っただけだったにもかかわらず、約3割が自走し始めました。もちろん配布だけが理由とは言い切れませんが、少なくとも「使える状態」を作ると、自分から試し始める人が一定数いたのは事実でした。

2-3. 研修は少人数の対面ハンズオンで実施した

今回の研修は、知識を教える場というより、最初の実践体験を作る場として設計しました。

運営としては、約70人全員が一斉に集まれる日がなかったため、同じ内容を別日程で複数回に分けて実施しました。また、オンラインだとその場でのサポートが難しいと考えたため、基本は対面にしました。実際、最初の環境構築やつまずき方は人によって違うので、その場で一緒に見る前提のほうが進めやすかったです。

内容は、講義2割、実践8割くらいの比率で組みました。使い方そのものは、極端に言えば自然言語で指示を入れるだけなので、操作自体の障壁はそこまで高くありません。あるとすれば、環境構築や、最初にどう触ればよいか分からないことのほうです。だからこそ、説明を増やすより、実際に触る時間を長く取るほうが重要だと考えました。

最初のゴールも、高度に使いこなしてもらうことではありませんでした。まずはローカルファイルを自然言語で操作する感覚をつかんでもらうこと、そして「思ったより難しくない」「自分でも使えそうだ」と感じてもらうことを重視しました。今回の研修では Codex CLI を使いましたが、ここで大事だったのは特定ツールの機能ではなく、AI を一度自分の手で動かす体験を作ることだったと思います。

2-4. 研修後は継続状況を見た

研修の結果として、90%以上が一度は Codex CLI を触ったことがある状態にはできました。初回接触を作るという意味では、研修はかなり有効だったと思います。

一方で、研修後にセグメント分析をしてみると、研修後に 1回も触っていない人が 51%、研修後も継続して触っている人が 49% でした。細かい分類はもう少しありますが、少なくとも大きく見ると、「一度触った」と「その後も使っている」は別物だと分かりました。

数字だけを並べると、入口づくりと継続利用が別の課題だったことがより見えやすくなります。

数字で見ると、入口づくりと継続は別の課題だった
数字で見ると、入口づくりと継続は別の課題だった

この結果を見て、研修は入口としては有効でも、それだけで定着するわけではないと実感しました。初回体験を作ることと、業務の中で使い続けてもらうことの間には、もう一段設計が必要です。

3. 振り返って、何が効いたのか

3-1. いちばん重要だったのは研修前の意識づけだった

振り返ると、研修前に「なぜ AI を使うのか」を約1か月かけて共有していたことが、その後の立ち上がりにいちばん効いていたように感じています。

この期間にやっていたのは、単に活用事例を紹介することだけではありませんでした。自分がどう使っているかを見せつつ、最近の流れや今後の変化も合わせて話し、コーディングだけでなく日常業務でも AI を使う場面が増えていくのではないか、という感覚を共有していました。つまり、「何ができるか」より前に、「なぜ今これを触る意味があるのか」を揃えようとしていたのだと思います。

その後に API キーを配っただけで約3割が動き始めたのは、配布そのものより、その前に使う意味をある程度共有できていたことが大きかったのではないかと思います。もちろん厳密な因果を証明できるわけではありませんが、少なくとも自分の中では、この順番はかなり重要でした。

AI 推進では、いきなり使わせるより先に、「なぜ使うのか」を組織の中で共有することが、意外と重要なのだと思います。

3-2. 配るだけでなく、後から見える形で始めることも重要だった

もう一つ重要だったのは、利用環境を「配る」だけで終わらせず、後から見える形で始めていたことです。

AI 推進では、施策を打った後に何が起きているかが見えないと、次の打ち手を考えにくくなります。誰が動き始めているのか、どのチームで浸透しているのか、どこで止まっているのかが見えなければ、研修を増やすべきなのか、相談導線を増やすべきなのかも判断しづらくなります。

個人単位で API キーを配布したのは、そのためでもありました。始める時点では少し手間でも、後から観測できる状態にしておくことで、継続率やセグメント分析までつなげやすくなります。今振り返ると、この「観測できる形で始める」という発想は、かなり大事だったと思います。

3-3. 研修は初回体験には効くが、定着は別設計が必要だった

研修は、一度触ってもらうきっかけとしてはかなり有効でした。実際、90%以上が一度は触った状態を作れたので、入口としての役割は十分に果たしていたと思います。

ただ、その後も使い続けるかどうかは別でした。研修の場で「触ったことがある」を作れても、それが業務の中で自然に使われる状態になるとは限りません。業務との接続、相談先、追加の事例共有など、使い続けるための支えが別に必要になります。

この意味で、研修をゴールにすると止まりやすいのだと思います。研修は大事ですが、役割としては「定着そのもの」ではなく、「最初の入口を作ること」に近いと感じています。

3-4. AI推進は「イベント」ではなく「運用」だった

ここまでをまとめると、AI 推進は一度のイベントで完結するものではなく、運用そのものだった、というのが今の実感です。

まず使う意味を共有し、次に試せる環境を作り、その時点で観測できる形にしておく。その上で、初回体験としての研修を設計し、研修後には継続しているかを見て、必要なら追加の支援を考える。こうした一連の流れとして見たときに、はじめて「推進している」と言えるのだと思います。

少なくとも自分の中では、AI 推進の成否は研修の出来だけで決まるものではなく、その前後を含めた運用設計で決まる、という感覚が強くなりました。

4. では、AI推進を任されたら何から始めるべきか

ここまでの振り返りを踏まえると、AI 推進を任されたときの最初の一手は、いきなり研修を企画することではないと思っています。むしろ、次の順番で考えるほうが整理しやすいはずです。

4-1. まず「使う意味の共有」から始める

最初に必要なのは、AI の使い方を教えることよりも、なぜ今使うのかを共有することだと思います。

どんな業務に効くのか、何が楽になるのか、なぜ今触っておいたほうがよいのか。このあたりが曖昧なままだと、環境を配っても、研修を開いても、「結局自分には関係ない」と受け取られやすくなります。

4-2. 次に「すぐ試せる状態」を作る

意味が伝わったら、その次に必要なのは、すぐ試せる入口です。

使い方の説明を完璧にしてから触ってもらうより、まず触れる状態を作るほうが自然利用は起きやすいと思います。今回も、意識づけの後に利用環境を配ったことで、研修前から一定数が自走し始めました。

4-3. そのとき「後から見える形」で始める

もう一つ重要なのは、後から状況を見られる形で始めることです。

誰が使っているのか、どのチームで広がっているのか、その後も継続しているのか。こうしたことが見えないままだと、施策を改善しにくくなります。最初に少し手間をかけてでも、観測可能な形にしておく価値は大きいと思います。

4-4. 研修はその後でよい

研修はもちろん重要です。ただ、自分の感覚では最初の一手ではなく、流れの中の一部として置くほうが自然でした。

その際も、説明中心にするより、参加者が一度でも「自分でも触れた」と感じられる設計にしたほうがよいと思います。研修は知識を渡す場というより、最初の実践体験を作る場として考えるほうが、後につながりやすいはずです。

4-5. 最後に、継続しているかを見る

AI 推進では、「何人が一度触ったか」だけでなく、「その後も使っているか」を見ることが重要になります。

一度触って終わる人が多いのか、継続している人がどこにいるのか、チームごとの差はあるのか。そこまで見えると、次に何を強化すべきかがかなり変わってきます。

まとめ

今回の振り返りを通じて、AI 推進は研修から始めるものではなく、まず「なぜ使うのか」を共有し、試せる状態を作るところから始めるものなのだと感じました。

その際、後から状況を見られる形で始めておくと、改善につなげやすくなります。そして研修は、その流れの中で最初の実践体験を作る場として置くと機能しやすいはずです。

今回のケースでは、研修前に約1か月かけて使う意味を共有し、その後に API キーを配布したことで、配布だけでも約3割が自走し始めました。一方で、研修によって一度触る状態は作れても、継続利用には別の設計が必要だとわかりました。

組織ごとに事情は異なるので、これがそのまま正解になるとは思いません。ただ、AI 推進を任されたときに、研修の前に何を整えるべきか、何を見ながら進めるべきかを整理する材料にはなるのではないかと思います。

なお、本記事は組織としてどう立ち上げて広げるかに重心があります。個別の業務を AI でどう見直すか、どこまで決定論で設計し、どこだけ AI に任せるかは、AI業務改善で最初にやるべきは、業務フローの分解 で整理しています。